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仙台高等裁判所 昭和41年(行ス)2号 決定 1967年3月09日

申立人 仙台入国管理事務所主任審査官

訴訟代理人 光広竜夫 外三名

被申立人 金孟嬢

主文

原決定を取り消す。

相手方の本件退去強制令書の執行停止の申立を却下する。

申立費用は、第一、二審とも相手方の負担とする。

理由

本件抗告の理由は、別紙記載のとおりである。

行政事件訴訟法第二五条第二項は、行政庁の違法な処分の取消または変更を求める訴の提起があつた場合において、裁判所が申立または職権をもつて処分の執行を停止すべきことを命ずるのは、処分の執行により生ずべき回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があると認めるときに限る旨規定するが、一方執行停止の消極的要件として、同条第三項は、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき、または本案について理由がないとみえるときは、執行停止をすることができない旨規定しているのである。すなわち、本案の請求が法律上理由ありとみえず、請求認容の蓋然性に乏しいときは、行政処分の執行を停止することはできないのである。

本件記録によると、相手方が本訴で取消を求める法務大臣のした相手方の異議を理由なしとする裁決および本件退去強制令書発付の事由は、相手方が旧外国人登録令第一六条第一項第一号および出入国管理令第二四条第四号チに該当するというにあるところ、相手方は昭和二七年四月二八日日本国との平和条約発効と同時に日本の国籍を喪失し、韓国の国籍を取得した者であるから、出入国管理令にいう外国人に該当することが明らかである。ところで、<疎明省略>によると、相手会は、麻薬取締法違反の罪により昭和二八年一〇月一二日山形地方裁判所において懲役一年六月に処せられ、控訴したが同年一二月二三日当裁判所において破棄自判の上懲役一年六月に処せられ、更に上告したが、昭和二九年五月一四日上告棄却の決定がなされたことが認められる。相手方は、本件執行停止申立書において、右麻薬取締法違反の所為は、相手方の犯行ではないのであつて、夫の妹の身代りとなつて有罪判決を受けた旨申し立てているが、右主張に副う<疎明省略>は、<疎明省略>到底措信できない。してみると、相手方は、出入国管理令第二四条第四号チに該当する外国人であることが明らかであるから、旧外国人登録令苦一六第一項第一号に該当する密入国者であるか否かにつき判断するまでもなく、出入国管理令第二四条に基づき相手方に対し本邦から退去を強制することができるものといわねばならない。

次に、出入国管理令第五〇条は、法務大臣は、異議の申出が理由がないと認める場合でも、同条第一項各号所定の場合は、特別に在留を許可することができる旨規定しているが、右在留特別許可は、法務大臣の自由裁量に属するものと解すべきところ、相手方は、同条第一項第一号所定の永住許可を受けている者ではなく、またかつて同第二号所定の本邦に本籍を有した者でもないことは本件記録に徹し明らかであり、なお<疎明省略>によれば、相手方の夫および長女は、いずれも昭和四二年一〇月一三日までの条件付在留許可を受けている者であるから、やがては韓国に送還される身であることおよび相手方の本籍地には夫の母と弟が健全で、夫名義の財産もあり、中流程度の生活を営んでいることが、疎明される。一方、相手方は、前記のとおり麻薬取締法違反の罪により懲役一年六月の実刑に処せられたにかかわらず、時効完成まで所在をくらまし、遂に右刑の執行を免れたものであることは、<疎明省略>により認められるのであつて、以上の諸事実に照らすと、本件には同第三号所定の特別に在留を許可すべき事情があるものとは認められず、したがつて、法務大臣が相手方の異議申出に対し裁決するに当り、特別在留許可をしなかつたのは相当であつて、自由裁量の範囲を逸脱したものということはできない。

以上の次第で、本案の請求が法律上理由ありとみえず、請求認容の蓋然性に乏しいものというべきであるから、本件退去強制令書の執行を停止することは相当でないといわなければならない。よつて、右と異る見解のもとに、相手方の本件退去強制令書に基づく執行停止の申立を認容した原決定は失当たるを免れないのでこれを取り消し、かつ右執行停止の申立を却下すべものとし、民事訴訟法第四一四条、第三八六条、第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 檀崎喜作 野村喜芳 佐藤幸太郎)

抗告の理由

相手方は、仙台地方裁判所に抗告人が相手方に対し昭和四一年一〇月一二日付発付した外国人退去強制令書にもとづく執行は、本案判決確定に至るまでこれを停止するとの行政処分執行停止を申請した(同裁判所昭和四一年(行ク)第八号行政処分執行停止申立事件)ところ、同裁判所は同年一〇月二六日本件は本案に理由がないとも限らず、一方右処分の執行により相手方が回復困難な損害を受けるおりてれがあり、かつ、これをさけるため緊急の必要があると考えられ、その執行の停止によつて、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとは考えられないとして、抗告人の右外国人退去強制令書にもとずく執行は、本案判決確定にいたるまで停止すると決定し、その決定は昭和四一年一〇月二七日抗告人に送達された。

しかしながら、原決定は以下に述べる理由により取消されるべきである。

第一本案について理由めないことが明白である。

一、相手方が本件外国人退去強制令書に記載された退去強制事由に該当することは明らかである。

1 本件退去強制令書が発付されるまでの経緯は次のとおりである。

(一) 本件退去強制令書発付の事由は二点ある。

第一点は、相手方が昭和二四年三月頃密入国したことにより外国人登録令第一六条第一項第一号に該当するものである。

第二点は、麻薬取締法違反により、昭和二八年一〇月一二日山形地方裁判所において懲役一年六月に処せられ控訴し、昭和二八年一二月二三日仙台高等裁判所において原判決破棄、自判懲役一年六月に処せられ、上告したが昭和二九年五月一四日上告棄却の決定を受け、同年同月一八日右判決が確定したことにより、出入国管理令第二四条第四号(チ)に該当するものである。

(二)本件退去強制該当事件を立件するに至つた端緒は次のとおりである。

第一点の事実については、昭和三四年一〇月二七日高知県室戸市長より高松入国管理事務所長宛の退去強制該当容疑者通報(密入国)によるものである。

第二点の事実については、昭和三四年九月仙台入国管理事務所において相手方の二男姜博水の不法入国容疑事件を調査中に同所において相手方が麻薬取締法違反により懲役一年六月に処せられたものであることを探知したものである。

(三) 高松、仙台各入国管理事務所においては、右端緒によりそれぞれ所在調査中のところ、仙台入国管理事務所においては相手方が高知県室戸岬町七〇〇六に居住しているとの聞き込みを得たので、昭和三五年五月二二日事件を高松入国管理事務所へ移管し、以後同所において前記一二の容疑事実につき調査が行なわれた。

(四) 高松入国管理事務所は、相手方の所在調査につとめたが居住事実が確認できなかつたので、引き続き調査を進めていたところ、昭和三五年三月頃、大阪府吹田市御旅町五〇六九に転居しているとの聞き込みを得たので、事件を大阪入国管理事務所に移管した。

(五) 大阪入国管理事務所は、事件移管を受けると同時に相手方に呼出状を発送したがその呼出しに応じなかつた(呼出状返送なく)ので、入国整備官による現地調査を行なつたが、居住事実が確認されなかつたので、引き続き相手方の所在確認につとめていたところ、昭和三六年一月東京都豊島区池袋二の九五八に居住している事実が確認されたので事件を東京入国管理事務所へ移管、昭和三六年三月二〇日同所において初めて第一回目の対人調査を実施し、同所主任審査官発付の収容令書第四九一号(外国人登録令第一六条第一項第一号および出入国管理令第二四条第四号(チ)該当容疑により同年八月一一日東京入国管理事務所に収容した。

(六) 収容開始後三日目に相手方は急性虫垂炎により同年同月一四日法務大臣の裁決あるまでの期間を条件として同所主任蕃査官の仮放免許可により出所同年同月一五日仙台市元寺小路三二居住の夫のもとで病気治療をしたいとの願出をしてきたので、同所主任審査官に右願出を許可すると同時に事件を仙台入国管理事務所に移管した。仙台入国管理事務所入国審査官は、出入国管理令第四五条の規定に基き審査をなし、相手方の在日居住事実裏付けのため入国警備官の協力を求め資料収集につとめ、昭和四〇年一〇月一九日外国人登録令第一六条第一項第一号および出入国管理令第二四条第四号(チ)に該当する旨の認定をなした。

相手方は、出入国管理令第四八条第一項に基き、さらに同所特別審理官に対し、口頭審理を請求したが、同審理官出入国管理令第四八条第七項の規定に基き、前記入国審査官の認定に誤りがない旨の判定をなしたところ、これに対し相手方は出入国管理令第四九条第一項の規定に基き、法務大臣に対し異議の申出をおこなつた。

昭和四一年九月二八日付法務大臣から異議申出の理由がない旨の裁決通知があつたので、仙台入国管理事務所主任審査官は、出入国管理令第四九条第五項に基き、同年一〇月一二日その旨を相手方に告知するとともに同令第五一条の規定による同年九月三〇日付の外国人退去強制令書(仙第三六号)を発付し、これを入国警備官に交付した。

入国警備官は、同令書を同日相手方に示してこれを執行し、仙台入国管理事務所に収容した。

ところが、翌一三日相手方の夫姜泰元より身辺整理等のため仮放免されたい旨の願出があつたので、右願出理由を条件に一〇月二八日午前一〇時までの仮放免許可を与えて出所せしめたものである。

2 本件退去強制令書発付の該当事実は、左記により明らかである。

(一) 相手方が、昭和二四年三月頃本邦に密入国した事実は

(1) 相手方の戸籍謄本記載のとおり、昭和一九年二月までの間に相手方の子三名がすべて韓国において出生している(乙第一号)。

(2)  相手方は、退去強制手続における入国警備官の違反調査、入国審査官の審査、特別審理官の口頭審理および本件行政処分執行停止申立において終戦前は鹿児島県種子島に居住していたと強く申立てているが、鹿児島県警察本部警備部長の調査回答書によれば種子島における居住事実は全く認められない(乙の一)。

(3)  仙台入国管理事務所長は、昭和四〇年二月二三日大韓民国済州道旧左面警察署長に対し、相手方の身元調査を依頼したところ、昭和四〇年五月二七日付駐日大韓民国代表部より相手方が一九四九年(昭和二四年)三月頃渡日したものであるとの回答があつた(乙三号)。

(4)  相手方が本件執行停止申立書において、昭和二一年頃仙台市において同居していたと強く申立てている夫姜泰元は、昭利二二年五月一日施行の外国人登録令に基づく登録申請を、同年一二月二二日北海道において申請しているが、その頃、相手方の登録事実はなく、昭和二四年五月一〇日に初めて仙台市長に登録申請を行なつていることからみて、その頃まで本邦に在住していなかつたことが推認される(乙四号)。

(5)  相手方の夫および子三名がいずれも昭和一二年以後に本邦に入国していることがそれぞれの自供とその他の証拠により確定されていること。

(6)  以上(1) から(5) までの事実を総合し、相手方が昭和二四年三月頃本邦に入国したと疑うに足りる十分な理由があると認められるところ相手方は外国人登録令第一六条第一項第一号該当容疑者として入国審査官の審査を受けるにあたり、出入国管理令第四六条(外国人登録令第一六条第二項および外国人登録法附則第四項により、外国人登録令第一六条第一項第一号該当容疑者に準用)により、自らその号に該当するものでないことを立証しなければならないのに、相手方は、

「私は不法入国したものではありません……しかし私は不法入国しないということを証明するものは何一つありません」と申立て、疑うに足りる充分な容疑を解消するに足る反証を何らあげなかつたものである(乙)。

以上の事実からみて、相手方が外国人登録令第一六条第一項第一号に該当することは明白である。

(二) 出入国管理令第二四条第四号(チ)該当事実(相手方の麻薬取締法違反についてはすでに麻薬取締法違反によつて有罪の判決を受け、その判決が確定していることも明らかであり相手方に対する右確定判決が存在する以上退去強制事由に該当することは全く疑いを入れる余地のないものである。

相手方が原審の本件申立にあたり、右麻薬取締法違反については、自ら違反行為を行なつたことなく、他人の身がわりとなつ刑を受けたと主張しているが、右申立ては次の理由により全く虚偽のものと認めざるを得ない。

(1)  相手方は右麻薬取締法違反被告事件において終始自己の犯罪行為を認めていることが記録上明らかである。

(2)  相手方は、麻薬坂締法違反の犯歴を有する。すなわち昭和二七年六月一〇日麻薬取締法違反により仙台地方裁判所(仙台高等裁判所控訴棄却)において懲役一年罰金一万円懲役刑の執行猶予四年の判決を受け、当時その執行猶予中の身であつた。

(3)  本件退去強制理由該当の麻薬取締法違反の裁判は、前記のとおり別件麻薬取締法違反による刑の執行猶予期間中に行われたのであるから、たとえ夫の妹の身を案じたからといつてあえて実刑の予想される身がわりとなることは到底考えられない。

(4)  相手方は退去強制手続の各段階において一貫して麻薬取締法違反は自已の犯行であると申立て一度も身がわりで刑を受けたことは申立てておらず、本件の執行停止申立書において初めて申立てたものである。

(5)  相手方は、右麻薬取締法違反は他人の身がわりとなつて有罪判決を受けたものであると申立てているが、前記確定判決の内容にはそのような事実は認められない。

かりに、もしそのような事実があつたとしても、出入国管理令第二四条第四号(チ)の適用は刑事処分の事実があれば、それに基づいて適用されるものであり、相手方に対する右有罪判決が存在する以上相手方の前記適条該当は免れ得ないものである。

二、法務大臣の裁決およびそれに基づく退去強制令書発付処分には何ら違法はない。

1 出入国管理令第五十条は、法務大臣は異議申出が理由がないと認める場合でも「特別に在留を許可すべき事情があると認めるとき」は、その者の在留を特別に許可することができる旨定めているが、もともと外国人の入国および在留をいかに規制するかは、条約等で特別の規定をしないかぎり国際慣習上当該国家の自由裁量に任かせられており、わが国においても右慣習に従い外国人登録令、出入国管理令(以下令という)を制定して外国人の入国等に関し規制しているものである。それにも拘らず敢えてこれに反してわが国に入国した外国人または許可を受けて入国しても定められた退去強制事由に該当した者は、元来前記各法令の規定上退去を強制され得べきものであつて、わが国に在留することの許可を求める権利を有しないものである。かような者に対し法務大臣が特別に在留を許可することあるも右は単なる恩恵にすぎない。従つて令第五十条の在留特別許可は法務大臣の自由裁量事項であることはすでに多数の判例の示すところである。

◎参照

昭三四、二、二八、東京高等裁判所(昭三三(ネ)第一〇一〇号退去強制令書発付処分取消請求事件)

昭三四、五、二〇、東京高等裁判所(昭三三(ネ)第一二三四号退去強制令書発付処分取消請求事件)

昭三四、一一、一〇、最高判(昭三四(オ)第三二号行政処分取消請求事件)

昭三五、 一二、五、東京高等裁判所(昭三五(ネ)第一八二三号退去強制令書発付処分取消請求事件)

2 相手方は法務大臣に対し異議申出をするに当り不服理由書に「密入国者ではないが麻薬取締法違反は事実であり申訳ないこと、しかし永い間日本に居り家族も日本に居るので在留を許可されたい」旨を記載して申出をしているが、事実誤認または退去強制が甚しく不当であることを示すに足る資料は何ら提出していない。従つて本件入国審査官の審査及び口頭審理の手続において顕出されたあらゆる資料を綜合して相手方が退去強制事由に該当することが明らかであり、法務大臣は異議申出について理由がないと裁決したものである。さらに相手方は令第五十条一項各号のいずれにも該当しないから特別在留許可を受けることができないものである。

(一) 相手方は永住許可を受けているものでない。(不法入国者であるから、ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基づく外務省関係諸法令の措置に関する法律(昭和二七年法律第一二六号)第二条該当者でもない。)従つて同条第一号には該当しない。

(二) 相手方は、かつて本邦に本籍を有した者でもない。(令に定める本邦とは同令第二条に定める通りで日本統治時代の朝鮮を含まないものである。)

相手方は現在まで一貫して韓国に本籍を有しているものである。従つて令第五十条一項二号にも該当しない。

(三) さらに同条第三号にも該当しない。

(1)  相手方の夫、子供等は本邦に居住するが夫と長女はいずれも条件付在留許可を受けているものであり、長男、二男は退去強制令書が発付されているものである。

(2)  相手方は韓国には身寄りもなく生活の方途もないと申立てているが、韓国には夫の母、弟が健在で、夫姜泰元名義の家屋、田地(韓国金一七〇万ウオン邦価約二三八万円相当)もあり、それらは居住地においてはその地方における中流の生活を営んでいるものであり、相手方が韓国に帰つても直ちに生活の方途を失うとは考えられない。

(3)  さらに相手方の行状を児ると麻薬取締法違反によつて二回も有罪の判決を受け、その一回は執行猶予であり、その次の本件退去強制事由に該当した刑については実刑であるが、時効完成まで所在をくらまし遂にその執行を免れたものである。

麻薬の社会に及ぼす害悪は今更多言を要しないものである。されば令においても麻薬犯罪により有罪に処せられたものはすべて退去強制に該当すると定めており、令に定める他の刑罰法令違反による退去強制事由と比較しても麻薬に関する犯罪者を強く排除する旨定めている。

(4)  右のような事情の下で法務大臣が異議申出を裁決するに当り特別の在留を許可しなかつたからといつて裁量の範囲を逸脱したものではなく、その結果、夫には在留許可が与えられ妻である相手方には強制退去処分が執行せられたとしても相手方の麻薬取締法違反の所為の悪性にかんがみまことに巳むを得ないものであつて公正を欠く裁決をしたことには当らない(夫には昭和二一年三月入国し、在留資格未取得の事実はあつたが、強制送還事由に該当する麻薬取締違反の事実がないので特別在留許可が与えられたものである)。

(5)  主任審査官は法務大臣より異議申出は理由がない旨の通知を受けた時は令第四九条五項により退去強制令書を発付しなければならないのであり、主任審査官が令書を発付するかしないかを裁量する余地はなく法務大臣の裁決に違法が存在しない以上、退去強制令書発付処分にも違法はない。

三、以上をもつて明らかなように相手方が退去強制事由に該当し、その異議申出に対する裁決およびこれに基づく退去強制令書発付処分に何らの違法はないのであるから、相手方の主張はなり立たない。よつて、本案について理由のないことが明白である。

第二、回復困難な損害を避けるための緊急必要性はない。

一、退去強制事由に該当する者は強制送還されることが当然で、在留許可を要求する権利はないのであるから送還されたからといつてそれが損害とはいえない。本案について理由がないことが明白であるから相手方が送還されても損害にはならない。

二、仮りに本案についてなんらかの事情によつて理由があると見られこのまま送還された場合、その送還が回復困難な損害になるとしても退去強制令書の執行は被退去強制者をその令書に記載された送還先えの送還、ただちに送還できないときは送還可能のときまで所定の場所えの収容を含むものであるところ、原決定はは、相手方は最近とみに病弱となり肉身の看護を必要とする状況にあるので収容されるに至つた場合にも回復困難な損害を受けるおそれがあると判断しているが、この判断には次の理由により到底承服しがたい。

1 相手方の提出した疎明資料は二通の診断書であり、その一つの昭和四〇年一〇月一〇日付診断書は単に相手方が昭和四〇年七月一二日と同月二四日の二日間外来したことだけを証するものであり、その二の同四一年一〇月一七日付診断書は単に今後六ケ月間通院加療を要する見込で家族との同居が望ましいとされているに過ぎない。

2 相手方を昭和四一年一〇月一二日退去強制令書により仙台入国管理事務所に収容した際にも相手方は収容にたえられないような健康上の申立はなされなかつたものである。

3 さらに同月一五日(約三時間)同一七日(約三時間)同一八日(約一時間)の三回に亘り仙台東警察署において児童福祉法違反風俗営業等取締法違反、労働基準法違反容疑者として取調べを受けているが、当時の健康状態についても同署取調担当官の申立によれば、一見して病気とは見られず、むしろ取調官に反駁するなど元気であつた。

4 相手方は審査のため呼出した際にも種々の病気の申立をしたがいずれもこれを裏付ける資料がなくて認めることができなかつた。しかも自宅でバーを経営し、飲酒、喫煙し、客を相手にビール一ダースくらいを飲酒するなどの行状があり日常生活は全く健康人と異ならないもので、このことは退去強制手続中における相手方の言動からもうかがわれるものである。従つて相手方の病気が急速に変化するものとは考えられない。

5 収容されても相手方の病状によつて収容所等における診療施設でも治療は充分可能である。

(一) 令第六一条の七第六項に基く被収容者処遇規則(昭和二六、一〇、三〇外務省令二一)第二二条には「所長などは被収容者が罹病し又は負傷したときは所属の医師又は嘱託医師、もしくは所長などが適当と認める医師の診療を受けさせ、病状により適当な措置を講じなければならない。」とされており、仙台入国管理事務所収容場に収容された場合にその必要があれば何時でも指定医又はその他の医師による診療を受け得られることはいうまでもなく、更に病状によつては令第五二条五項の規定を受けて昭和二八年六月四日法務省告示第三六八号により医療法にいう病院、診療所又は助産所が収容することができる場所として指定されているので、これらの病院において適切な治療をほどこしつつ収容を続けることも出来るのである。またそのように実施している。

(二) 送還まで日時を要することにより大村入国者収容所に護送することもあり得るが、同所には診療室が設置(昭和二七年法務省令第五号入国者収容所組織規程第三条)されており、医師二名、薬剤師一名、看護婦三名(他に非常勤歯科医師一名)が配置され、入院施設(二七室、収容定員七七名)もあり相当の治療が行われるほか、大村国立病院にも病室を確保しているので充分な治療が可能なものである。

6 収容中でも収容者に健康上の支障があるときは仮放免される。

すなわち、仙台入国管理事務所収容場でも大村入国者収容所でも収容者の健康には特に留意し本人又は家族などから病気を理由として収容の一時停止方の申出があれば令第五四条第二項により仮放免をすることができるものである。

三、以上の事実により執行を停止する必要性はないものと考えられるが、少くとも本件退去強制令書の執行のうち日本国内における収容については相手方の病状を理由にこれを停止しなければ回復困難な損害を受けるおそれがあり、これを回避するために緊急な必要性があるとは認められず、収容しても本案訴訟の進行には何ら影響がないものである。

第三、相手方の主張は次の点について事実に反し、また法令の解釈を誤つている。

一、本邦入国時期、終戦前後の本邦居住に関する申立、本邦にかつて本籍を有したことがあるとの申立、在留資格を有することなく本邦に在留することができるとの保障を受けていたものであるとの申立はすべて前叙のとおり事実に反し法令の解釈を誤つているものである。

二、相手方は姜枝生は夫が他にもうけた娘であると主張するが、相手方の戸籍謄本、および姜枝生の申立により相手方の実子であることが明らかである。

三、相手方は家族らの強い抗議要請により仮放免されたと申立てているが、仮放免願出理由は身辺整理等のためであり、送還に当つてその必要があるものと認めて許可したものであつて抗議を受け入れたものではない。

第四、本件の執行停止は公共の福祉に重大な影響がある。

一、すでに述べたとおり相手方に対して退去強制令書が発付されているものである。しかも相手方は二回も麻薬取締法違反により刑に処せられているものであり、さらに現在も児童福祉法、風俗営業等取締法、労働基準法違反の官憲の取調べを受けているものであることを考えれば執行停止によりなんらの制限もないまま放置しておくことは明らかに公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるものと考えられる。

二、相手方は執行停止によりいかなる制限も受けないでいるものであるが(仮放免中は住居、行動範囲など令第五四条の制限を受けているが、本件執行停止によりこれらの制限を受けないこととなつた)相手方は過去において麻薬取締法違反により懲役一年六月の実刑に処せられたところ、所在をくらましついにその執行をまぬがれたものである。この事例に徴しても本案確定後において退去強制令書の執行が不能になることが充分予想される。

第五、右に述べたとおり、本件強制退去処分の執行を停止することは相当でないと考えるので本件申立を認容した原決定を取消し本件申請を却下する旨の裁判を求める次第であるが、仮りに百歩を譲つて本件退去強制処分の執行のうち送還そのものについて執行停止を相当されるとしても、その余の執行、すなわち相手方を国内において収容する部分については執行を停止されるべきでないと考える。なぜならば収容を続けながらも病気治療はできるのであり、本人の前記過去の行状にかんがみて収容執行を停止されるにおいては本人の所在が不明となり、ついに送還の執行をなしえなくなる恐れが多分にあるのであつて、若しもこのような結果となれば今後の密入国の取締に甚しい支障を生じひいては公共の福祉を阻害することとなるからである。

ようするに本件執行停止は全面的に取消されるべきと考えるが、少なくとも最少限度において相手方を国内において収容する部分の執行は絶対に停止されるべきでないと思慮し、本件申立に及ぶ次第である。

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